表紙に鳥を崩して描いた絵が載ったフリーペーパーを拾い読みしていて、こんな感じの絵は描きたくないなぁと思って考えたこと。
例えば抽象的に花とか事物を描く事は、脳の要因。
理解とか解釈とか認知とかそんな物を揺らす様な、行動(理解、認知)の余暇、遊び、許容量の振幅みたいな所をよりどころに観たり描いたりするのだと思うのだが、僕が観たいのは、環境的な要因。状況とか眼の部分で美しい物をみたいのよ。
木が適当に生えるのと同じ様な外的要因。
紛れも無く僕が描くのだけれど、産み出すと言うよりも元に返す様な感じ。
何を言っているか解らないな。。
僕の絵を描く構造がそういう物に近づけるような(似ている)感じがする。。違うか。
絵の具と言うもの自体が自然の産物というか、自然の要素であり得る。
でも、自然物の中で最も操作性の高い物である。。と言う感じ。
