予測と違わぬ物を置く快。予測を裏切る物を置く快。

僕の絵画に対する意識は絵画の前にあったわけではない。
絵画を認識して描き始めた後から絵画に出会ったのだと思う。
初めて描いた時に全てが内包されていた訳ではなくて、それが何であるかは後天的に知られたのだと思う。
本やネットで得られる知識って、その内容を読み込む自身の持つ知識量によって変わってしまうように、絵を始めたての僕には(今でも)絵画を読み込める程知識が無かった。
僕は単に、壁から数センチ手前に生まれた絵の具による色面に魅了されたのだ。
絵画という物があるという前提の中で、絵画とは何か、美しいとは何かを考えたいとただ思ったのだ。
今年の梅雨は梅雨らしい梅雨だ。
