透過


透過(距離)に美を感じる。

毎日寄井座に行くために3Km程鮎喰川沿いの道を走る。
水が本当に綺麗で、透明を越えて薄青くもある。
時期にもよるらしいが、水量も豊富で美しい景色だと感じる。

やはり美しいと感じる要素として透過(距離)というものがあると思う。
この水の色を再現出来たとして、それをフラットに塗ったものが持つ美しさは実際の水に及ばない。
フラットな広面積が美しい事は確かだけれど、方向性が違う。
適度な距離の中での絵画を作る。

借りている原付で山間を走ると丁度良い景色の変化で美しさを感じられる。
変化、動き、スピードに美しさを感じるようだ。
移動しているという事は、常に情報が更新されている状態である。
この状態が美しさの要素としてあると思う。

例えば、この近辺に毎日歩いているお遍路さんは、ある瞬間瞬間に景色が美しいと感じるであろうが、そのつなぎ、1歩1歩はあまりにも変化が少なく、また肉体的な苦痛もあって感動し続けることは難しい気がする。
少ない変化を脳が感知しにくいのは、茂木健一郎のアハ体験の映像をみても解るとおりである。
僕自身、自分で制作していて、1日の作業では大して絵画の変化が解らない事がほとんどだ。
しかし、数日して作業がまとまると明らかに変化したことが解る。

という事は、たとえ絵画であろうとも何かしらの方法で画面内か展示空間に変化(移動、動き)を作ることは有効である。
それは、鑑賞者の身体の動きや目線の動きも同様の物として考えうる。