父の誕生日プレゼントにとネクタイを選んだ。
そこで想像以上に選ぶことが難しかったのでそれについて。
最初、自分には父の好みが全く解らないために選ぶのが難しいのかと思ったが、そうとも言えない事に気付いた。
僕はネクタイに対して全く判断基準が無いのだ。
ネクタイには「用途の美」みたいな物は少ない。
例えばコップなら持ちやすいとか、車なら抵抗が少ないとか。
それに、太さや長さ等に若干時代性などあるのだろうが、それも知らない。
とすると、あの首にぶら下がるアレは個々人のセンスの塊なのである。
判断基準は経験から作られる。
自分が選ぶ経験、他人の物を見る経験。
しかしそのどちらも乏しい僕には判断基準が無いと言うことになる。
この状態はかなり不安な物で、自分で「こりゃネぇーよ!」と言う物さえアリの可能性があるのである。
極論を言うと「アフリカの部族にカッコイイお面をプレゼントする」のと変わら無い。
それ位ワカラナイのだ。
僕が美術について観たり調べたりする事は、僕自身のの価値基準を作る事なのである。
何かを判断するには基準が必要で、それを手に入れずに作品を作る事は奇言妄言を発するのと大差無い様だ。
結局目立たない物を選びました。
この「目立たない」「無難」にも価値基準が動いているに決まっているのだけど、マダルッコイからもうイイや。
