蝉の声


繋がったと感じるのだろうか?
どうしようもなく一人だと感るのだろうか?
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朝から制作して、作業を一段落させてから夕方官邸前に向かう。
前回混んでいたので、霞ヶ関駅から移動。
以前と比べて段違いに警察が多く、交通が規制されている。
歩道が一方通行になり、どのルートを通ってもかなり遠回りで官邸前や国会議事堂に近づかねばならず、とてもめんどくさい。
また、議事堂に近くなると横断歩道が分断されているので、多くの人が一つ所に集結し難くなっているし歩道に窮屈に限定されていることで、必然的に流れは細長くなり、カタマリになれない感覚が強い。
物々しい護送車も通りに並んでおり威圧的だ。
集団である事で生まれる一体感などは分散され弱々しくなる。また、規制の為に官邸も議事堂も遠いので、上げる声が本当に「届かない」という実感のある位置までしか近づけない。
それでも、人はひっきりなしに集まり、帰り、集まり、帰りをくり返している。
こんな事は無駄と言ってしまえばそれまでなのだけれど、制作者は無駄が得意なはず。
16日には「さようなら原発10万人集会」が代々木公園である。
全てに行けるわけではないが。。

現場で白い風船が配られていた。
意味は腐敗した政治にノーという感じらしい。

今年初めて蝉の声をきく。