美と向き合え


昨日の白鵬と安馬の「立会い」についてボンヤリ考えたのだが、あれって単純に考えると「良い試合」をすると言う事なのではないだろうか?
総合格闘技やサッカー等いわゆるスポーツの、相手の事を調べつくして何も力を出させずに勝つ事を理想とするスタイルではなく、「必ず同時に仕切り、そして当たる」という縛りが相手の力を出させないという方向よりも自分の力を出さざるを得ない状況を作る。
相撲の格言で「押さば押せ 引かば押せ」と言うのがあるが、それが100m走をするかのようなシンプルは方向性を作るのだろう。
(神事と言う特性上「力を出させない」という概念も希薄なのかも?)

美術も同じで、お互い向き合ったところにある高みもあると思う。
美術は解らないとか難しいとかは初めから「いなされている」みたいな状況で、そこから力を発揮するのは難しいよ。
イイモン観るゼ!とイイモン造るゼ!がかみ合って初めて生まれる感動があるはず。
その分作家個々人の責任も当然重くなるけれど。

絵が描きたいーーーっけど今日はこれから木を削ります。