余韻


画面に置かれた絵の具はそれ以上動くことは無いのだけれど、その絵の具単体で観ていることはあり得なくて、目が運動(動作)を伴ってその地点にたどり着く。
そして、その目が焦点を合わせた地点はそれまでの運動の余韻を含んで認識する事になる。
例えば音楽であれば楽譜の通りにカチッと聞いているワケは無く、その前の音符の音の余韻の中で次の音が耳に届く。
○分音符と長さが決められていようとも「ラ」の音が鳴っている間「ラ」しか聞こえていないはずはなく、また記憶や理解で再構成していたらどれだけの音の中にいるのか検討もつかない。
前の音を覚えていなかったら、音楽として聞こえてこないし。
絵画も今置いた色はそれ自体で成り立ち、認識しているわけではない。

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