グッと


少し前にタグボート【女性スタッフが選ぶ 「彼の部屋に飾ってあったら”グッとくる”アート」】ってページがあり、その一つに自作が選ばれていた。
こういうのはとても不思議。
当然僕は「彼氏の部屋に置かれてぐっと来るように」描いてはいないのだが、出来上がった物がそういう側面を持つって何だろう?
「絵画」と「絵画世界」両側面から絵画は僕の手から離れたのだなぁと感じる。(「絵画」は絵画の内容。絵画世界は絵画を取り巻く状況。)
世の中では絵画って身近な物になったのかな。
「彼氏の部屋でぐっと来る」って音楽ではあり得た。夏に聞きたいとか、励まされるとか、車の中とか。
本や映画やCDのように、所有者の意識を表す物の一つに絵画が入ってきたら面白いね。そうしたら沢山の前提が崩れるかも。
それでも僕はただ描くだけだけど。。。
そう言えば、ミュージシャンって「夏だから」とか「楽しくなって欲しくて歌った」とか言うけど、これはやはり自分の作品がメッセージだと言うことなんだね。
僕が元気になってほしくて描くことはありえないから。
ただ「美しいな」とは思って欲しい。
これはメッセージじゃなくて「共有」とか「理解」みたいな物だけど。

・・・・・・・確かに彼氏の部屋で共有や理解が生まれたらそれは素晴らしいのか。。
音楽の趣味はなんか受け皿としての個人を量っていて、絵画の趣味は選択の資質としての個人を量っている様な感じがする。。
・・・・・考えすぎか。。まぁイイヤ。