朝大阪着。
美術館が開くまで時間を潰す。
・国立国際美術館:長澤英俊「オーロラの向かう場所」
規模の大きな展示。
埼玉で見たらどうだったのだろう?
天井高がかなり違うけれど。
見比べても面白かったかも。
国立国際で観る展覧会って素っ気ない感じがするイメージがある。
たまたまかな。
コレクション展も充実。
・中村協子「平成阿倍野絵巻」 :近鉄 阿部野橋ターミナルビル工事仮囲い
ゲイサイグランプリを獲得した中村さんによる(多分)4×200mほどもある作品。
工事中ビルの囲いに延々と近鉄阿倍野近辺にまつわる物を中心に描かれている。
これだけの物を制作するのはかなり難しいと思う。
まず、こんなバランスの下書きが難しい。
単純に100分の1でも4cm×200cm、現実的には縦が30cmでも長さ15mものデザイン絵が必要になる。
まわりにかなり多くのノイズもあるし、公共の場での制約も多いであろう。
200mという長さを体感するとすごさが実感できる。
中村さんのブログもスパスパとした文章で面白い。
作家は読むと良いと思う。
クレメンテはどこへ消えた?
・和歌山県立近代美術館:自宅から美術館へ 田中恒子コレクション展
初めての和歌山。
水戸、江戸に続いて徳川御三家の地制覇だ。
静岡(駿府)から和歌山という流れも何だか良いね。
紀伊駅のホームを通過したときに、看板のkii(きい)の文字を見てウナギ(eel)を思い出した。どうでもいいけど。。
和歌山は意外と近かった。大阪から1時間半くらい。
梅と蜜柑を食べたいけれど、1個づつ食べる方法が思いつかない。
一応和歌山ラーメンを食べた。
美術館では関西のコレクター田中恒子氏によるコレクション展。
田中さんは自身が集めた美術コレクション1000点以上を1点も残らず同美術館に寄贈する。
田中さん曰く「作品の著作権は作家にある。所有権はコレクターにある。だが、鑑賞権は全国民にある」との事。
すごい哲学だ。
本でもCDでも自分が一度でも熱を上げたものを全て誰かにあげることって出来るだろうか?
でも、この選択が作品の為に最良だと判断したとの事。
よく観る美術館のコレクションはガツガツと大型のものが多く、それが見ごたえでもあるのだが、この展示は1コレクターによる細やかな蒐集がなされていて新鮮な印象をうける。
自分の作品を見るのも5年ぶりくらいで、「自分が制作する」という事に「時間」という物があるという事に改めて気づかされる。
自分が制作したものはやはり未来への時間を念頭に置いていると思うが(保存等を考慮にいれるのはこの為)、それは未来に出現してこそ初めて時間を獲得できる。
例えば、僕が大学1年の時に描いた作品は、この世に存在しているのだが、梱包を解いて誰かの目の前に出現するまで時間を獲得していない。
田中さんの行為は沢山の作品に対して時間を与えている。
高橋コレクションなど、コレクションを見せる展示も何度か拝見したことがあるが、そのコレクターによって切り口が大きく違うのも面白い。
人の本棚を覗く以上に美術コレクションはコレクター自身を見せる物だろう。
野村仁、太田三郎等の作品が充実。
その他、有名な作家の作品や、重要なピースががヅラヅラと並ぶ。
実際に見ると圧巻だった。
また、このコレクションを収蔵する事を決めた和歌山県立美術館もとても素晴らしいと思った。

和歌山にはお城が残っていた。
登りたかったけれど、時間が。。
いつかまた来よう。
城内に動物園もあった。
おばあちゃんに道を聞かれた。
大阪に戻って依頼したパネルの確認。
友達と食事。
小さな子供に5連のタマゴボーロをお土産にあげたら、即全て開封して一つの箱に入れていた。
小分けされている意味無し。
ギリギリまで話してダッシュで夜行バスに乗る。
テトリスの様なスケジュール。
眠っていれば目的地が近づいてくる。
