底なし沼


小学1年生の頃。
底なし沼って河原のどこかにあると思っていた。
ぼくにとっては学校や友達の家や川原などが自分の世界だったので、そのどこかに底なし沼があるとしたら川原しかなかった。
あまり川原がコンクリートで埋められていなかった頃、利根川の川岸はヘドロでゆるゆるだった。
たぶんあのまま水が綺麗になれば、分解されるものだったのだと思う。
水が引いたばかりの川岸は粘りのあるヘドロがもったりと敷き詰められていた。
特に、石で囲われた溜まりになっている場所は、干潟のようになっていた。
そこに何の気なしに石を放り込んでみると、その石は一瞬泥上に留まり、ジワジワと沈んでゆく。
面白くなり、次々とぽんぽん投げても、変わらず沈んでいった。
自分が持てるなかでもかなり大きな石もどんどん沈む。
即座に底なし沼はここにあったと断定した。
川に隣接しているとはなかなか味なことをする。
でも、海辺の温泉とかもあるので、えてしてこんな物かとも思った。
川岸の切り株に紐を結び、それをつかみながら自分でも足を入れてみると、くるぶしまで沈んでも底がつかめなかった。
命の危険を感じて沼から脱出し、底なし沼だと確信をもって家に帰った。
それから数日晴れが続いた週末、母親を河原に連れ出した。
こんな危険な場所が自分の遊ぶ場所にある。
もし自分がいなくなったら、たぶんここにはまっていると教えようと思った。
この後に友達にも底なし沼の存在を教えるが、子供が生き残るにはどうしても大人の手が必要だ。
マンガの主人公は、底なし沼でピンチでも誰かが気づいてツタとかを投げてくれる。
もし、今日誰かが沈んでいたら、僕がツタを投げないと。
河原にはツタはないのだが、たぶん偶然落ちているはずだ。

意を決して、My底なし沼へ行くと、そこはカリッカリに干上がっていた。
瓦のようにカチカチになった「元泥」が、瓦礫のように敷き詰められたただの窪地だった。
僕が沢山石を投げた付近は、そのまま石がバラバラと落ちていた。
渾身で投げた大きな石も、前からあるようにただそこに置いてあった。
そこはヘドロが厚めに溜まっていただけで、数日の晴天により完全に乾燥したようだった。
くるぶしまでで届かなかった地面も、あとほんの数センチ沈めば捉えられたであろう。
僕は底なし沼のことは一切触れず、ヘドロの瓦を川にボショボショと投げる遊びをしてから家に帰った。

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