僕の作品は一見してキレイな感じの作品なので、美しさと親和性が高すぎて混同しがちだし、かなり微妙になりがちなんだけど、例えば素晴らしい理論や計算がされた紙ってその内容と共にその紙自体が美しくない?
読めないほどに汚かったら読めないわけだから、価値はみえないけれど、読みにくいながらも内容が理解できて、さらにその内容がすばらしいものであった時、その紙は美しくないだろうか?
小説の文庫だって、その原稿でも良いけど、その原稿を書いたのが巨匠だったとして、だから価値があるという側面と同時に、その素晴らしい内容がかかれたその紙片自体が美しくないだろうか?
美術も見た目のキレイさとい理由だけでなく、内容が伴ったさいにとても美しいとおもうけど。
逆に、とてもキレイだけど内容ショボショボの本は飾ったり持ったりしたくなくない?

鯨が海で死ぬと、海底深くに沈む。
深海では、想像を絶する巨大なカロリーが落ちてきたことで、莫大な量の動物がその死骸を食べて何ヶ月も生きながらえる。
「美しい」という言葉も、深海生物に対する鯨のように、莫大に大きな概念だ。
自分は、魚やエビの様な細かい口でついばみながら、それを理解する。
美しさを考えるときに思考が停止してしまうのは、その概念があまりに大きく、それをついばめる武器があまりに小さいからだ。
でも、ちょっとでも齧ることができるならば、そうやって理解してゆくしかない。
プラネットアース(かディープブルー)で死んだ鯨をウナギの集団がうなうな食べるの映像があるのだが、超壮絶。
ぞぞげる。
