有る無しとか、分かる分からないとか、確実不確実とかではなく、紛れもなく存在しているということ。

ワールドカップ準々決勝/ウルグアイとガーナ戦、延長戦後半ロスタイムにガーナの放ったシュートをウルグアイFWスアレスがハンドで防いだ。
スアレスは一発退場。そこで得たPKをガーナは外し、その後のPK戦でもガーナは振るわずアフリカ勢初の4強はならなかった。
物議をかもすスアレスのハンドだが、それを見た瞬間、とても美しいと感じた。
きちんと才能のある人が、極限の状態で反射的に出てしまったルールを超えた何か(この場合は手)。
それはそこにたどり着いた道程を持つ者しか出せないものだと思った。
美術だって、それくらい高度な場所からはみ出る何かで進んで行けないかと考えた。
もちろん、ガーナがPKを外した際のスアレスの反応は避難されるべきだし、このギリギリの場面ではPKとる方が得という事が戦術として研究されたり、通例化したりするのは最悪につまらないのだけれど。
同じ行為も、場面によって全く意味合いが変わる。
