「作品のコンセプトは?」などと聞くのはナンセンスな風潮があるけれど、ある程度は仕方がない。
というかコンセプトそれ自体を聞きたいのではなく、様々な情報から「この作品が何であるか」を考えたいだけで、その方便としての「コンセプトは何か?」なのだ。
制作者はその考えを何度も擦っているから飽きるかもしれないけれど、鑑賞者は最初だから仕方がない。
そして、なぜ制作者の言語が必要なのかを考えるに、制作は「目的の世界」なのではないかということ。
制作すること自体は行為なのだから、受動なままではやはり制作できないわけで、どこかで作家が能動的な動きに転じるタイミングがあるはず。
作家が能動的にアプローチをしたところこそ、理解の基点になるのではないかと。。
そこを見いだせなかったら、制作者はただただ消費されてしまうのだと思う。

横浜美術大学授業初め。
