作品を制作している間は沢山の言語を消費する。
コウシテミヨウとかコウシタラドウカとか、現状を理解し判断する言語だ。
完成(展示)した作品を観る時に、一瞬無言語無音の状態があり、その後はそれらを理解す
る言語を消費する。
流動的な状態の物を実質的に理解し判断する言語と固定された物を読んだり解釈する言語
は全く違う。
ポロックが自作について「混沌では無い」という意味の発言をしていることは、ここの差異にに由来しているのだと思う。
ちなみに僕は作品を観る時の無言無音な感じがとても好きだ。
完成(展示)した作品を観る時に、一瞬無言語無音の状態があり、その後はそれらを理解す
る言語を消費する。
流動的な状態の物を実質的に理解し判断する言語と固定された物を読んだり解釈する言語
は全く違う。
ポロックが自作について「混沌では無い」という意味の発言をしていることは、ここの差異にに由来しているのだと思う。
ちなみに僕は作品を観る時の無言無音な感じがとても好きだ。