解る為にはおぼろげながらも全体像が見えないといけないのだろう。
だとしたら、僕はかなり見えていなくて解っていないと感じる。
理解と言うよりは当たりをつけているという感覚に近い。
部分的な情報からある全体像を想定しているような感じ。
例えば道端で感じた匂いから近所の夕食がカレーだと連想するとか、曲がり角が明るいのでその先にヘッドライトをつけた車がいるとか。
でも、実際はただの和食だけれどお母さんがカレーの香水をかけているかもしれないし、曲がり角をまがったら眼がらんらんと光る象がいるかもしれない。
日常なあらばありえなくても、美術ならそんな事があって良いのでしょう。
それでも、全体を見る努力は必要だ。

