ゆだねる


感覚を他者に委ねられる作家は同世代に多い。
僕はできないタイプ。
鑑賞者の眼を最大限信用すると思っていて、だからその眼を越える程に操作をするのだけど、それは裏を返せば信用が薄いとも言える。
1を語って十を知るとは思っていないから、十以上を置きたいともいえる。
翻って、その信用の無さは自分への信用の無さに通じている。
何もない僕を解ってもらえるとは思っていなくて、疲れたら休み、眠り、だらけ、ズルをする自分を知っているので信用に足らないという思いがあるのだと感じる。
将棋で、羽生の敵は羽生だと言われる。
棋士は考慮中相手を手を読むのだが、その相手の予測する手は羽生自身の思考なので、相手以上に読んでしまって、結果どの棋士も見えない手を選ぶということがある。
僕はそんな高度な話ではなくて、自分を見て人の底を感じるので、ゆだねにくいという話。
払拭するには精進かな。
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制作。
基底材を変えたので描き難い。
慣れないと。