・カイカイキキ:マーク・グロッチャン
・無人島プロダクション:風間サチコ 個展 「平成博2010」
・東京都現代美術館:「東京アートミーティング トランスフォーメーション」
映像が多いのでちゃんとみると時間かかりそう。
AES+Fの雰囲気が良いけれど、古くなるのも一瞬かも。
ヤン・ファーブルのフザケ方ってなんかうまく飲み込めない。聖闘士星矢?
・東京都現代美術館:「オランダのアート&デザイン新言語」
・東京都現代美術館:「MOTコレクション」
ピピロッティリストで全部行ってよい気がするけれど。
それでも、現美の常設はいい。
・小山登美夫ギャラリー:「グループ展」
・タカイシイギャラリー:村瀬恭子 「サファイア」
・シュウゴアーツ:リー・キット 「Well, that’s just a chill.」
・キドプレス:O JUN 「星はなんでも知っている」
・ヒトミヨシイ:泉太郎 「捜査とあいびき」

「良さ」や「高さ」であることではなく、良さや高さをまとうことが重要なのかもしれない。
たとえば、お寺の坊さん自体は人だから、その存在が良さや高さ自体であることは難しいけれど、所作や作務、様式としてまとう事で高さ保を保つことができる。
以前興聖寺にてだるま忌に参加した際、その「場」自体が美しいと感じた。僕よりもずっと若い小坊主さんの所作も清楚に思えた。そして、その小坊主さんが読経の際にウトウトとしているのを見たときに、清さってまとえるのだなぁとほほえましく思った。
世阿弥の風姿花伝ってそんな話だったような。。
世阿弥も自分が高さや美しさでない事を思っただろうか?
