「絵画は楽しいから描かせる」という伝達では、「楽しさ」という個人的な感覚が「絵画」という外部に含まれている事になってしまう。
「絵画」というものがあり、それを描く事で個々が楽しさを見いだす、もしくは楽しさが見いだしやすいっていうのが絵画じゃないのかね。
絵画や美術それ自体に楽しさとか面白さ、美しさ、必要さ重要さ等を付随させてしまうと個人の感覚が軽視されるような気がする。
感覚の押し売りみたいな。
遊園地で楽しくない人もいるでしょう。
「ゲッツ!」とか、「残念!」とか「そんなの関係ねぇ!」とかは、それ自体に面白さがあるからウケたわけではなく、それを面白いと思う空気や状況があったから楽しめたので、現在笑えないからと言ってそのギャグ自体に「面白さ」が含まれたり減ったりするものではない。(しかし、全てに「!」を表記しないといけない言葉ばかりだ。。)
つまり受け皿としての自分が変わったから面白く感じられないと言うことになる。
絵画というもの自体はとても幅広いので、各々楽しみを見出すポイントも様々になる。
物語だったり、写すことだったり、素材を扱うことだったり、発見することだったり。
それらを分解して、もしくは複合して経験する事でどこかで楽しさに引っかかる事は十分あるのではないかと思う。
あくまで「楽しさ」という感覚自体は個人から離れることは無い。

現在ラディウム-レントゲンヴェルケにて展示している「十方視野」についていくつかアップされているので添付します。
ご高覧ありがとうございます。
2月14日までです。
●個展「十方視野」ラディウム-レントゲンヴェルケ
・会期:2009年1月10日(土)-2月14日(土)
※日月祝日休廊
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